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糖尿病治療に起きた「革命」:血糖値の先にあるゴール

糖尿病治療に起きた「革命」:血糖値の先にあるゴール | 上田診療所ブログ

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糖尿病治療に起きた「革命」:血糖値の先にあるゴール

上田診療所 院長 上田

皆さん、こんにちは!上田診療所院長の上田です。

「糖尿病」と聞くと、「血糖値をしっかり下げなきゃ」とお考えの方が多いのではないでしょうか?もちろん血糖コントロールは大切です。しかし、実はこの10年で、糖尿病治療の目標は根本から変わり、「革命」とも言える劇的な進化を遂げているのをご存知でしょうか?

今回は、私たち専門家も驚いた、この新しい治療の「哲学」について、皆さんの健康感をアップデートするようなエッセンスを、分かりやすく紐解いていきたいと思います。

過去の治療目標(血糖測定器など)から、新しい目標(生き生きと走る高齢者)へ向かう矢印を抽象的に描いたパラダイムシフトのイメージ

疑問1:糖尿病治療の「ゴール」が変わったって、どういうこと?

昔のゴール:「ひたすら血糖値を下げる!」

一昔前まで、糖尿病治療の目標は、文字通り「ひたすら血糖値を下げること」でした。数値が目標に収まれば、一安心。それが全てでした。

今のゴール:「健康寿命を全うする!」

しかし、今は違います。新しい治療のゴールは、糖尿病でない人と同じように、健康寿命を全うできるようにすることにシフトしました。単なる数値の管理ではなく、「その先に何があるか」を見るようになったのです。

疑問2:なぜ、「血糖値の先」を見始めたの?

それは、血糖値の先にある「命に直結する大切な臓器」を守る必要性に気づいたからです。具体的には、心臓や腎臓、血管といった臓器です。

両手で心臓と腎臓のアイコンを優しく包み込み、大切に守っている様子を示すイラスト

血糖値が高くなると、これらの臓器がダメージを受け、心筋梗塞、脳卒中、そして将来的な人工透析(腎不全)といった深刻な合併症を引き起こします。

新しいアプローチは、血糖値のコントロールはもちろんのこと、それ以上に「これらの臓器をいかに守り抜くか」という、より本質的な視点へと大転換したのです。

疑問3:こんなに劇的に考え方が変わった「きっかけ」は何?

話は2008年のアメリカに遡ります。 実はその少し前、ある糖尿病治療薬が心臓発作のリスクをわずかに高める可能性があるという疑惑が持ち上がりました。

これを受けて、アメリカの食品医薬品局(FDA)は、製薬会社に対し、「今後開発する全ての糖尿病治療薬は、心臓や血管の病気を増やさないことを臨床試験で証明しなさい」という義務付けをしました。 これは、新しい薬が「少なくとも安全であること」を確認するための、いわば「守りのルール」でした。

守りの試験が、まさかの「歴史を変える大発見」に!

学会会場で、劇的なデータが映し出されたスクリーンを、驚きと感嘆の表情で見つめる聴衆の後ろ姿

この「守りの試験」が、誰も予想しなかった驚くべき結果を生み出しました。

2015年、ある薬の安全性確認試験(エンパレグアウトカム試験)の結果が発表されたのですが、そのデータがスクリーンに映し出された瞬間、会場は騒然とし、スタンディングオベーションに包まれたそうです。医学系の学会では異例中の異例です。

発表されたのは、あるSGLT2阻害薬(エンパグリフロジン)という飲み薬が、なんと心筋梗塞や脳卒中による死亡リスクを、実に38%も減少させたという衝撃的な結果でした。

安全性を確認するための試験だったはずが、治療の歴史を変える結果が出てしまったのです。糖尿病の薬が血糖値を下げるのは当然ですが、直接的に「命を救う効果」を証明したのは、これが人類史上初めてでした。この発見こそが、糖尿病治療における「パラダイムシフト」(考え方の根本的な転換)の幕明けとなりました。

疑問4:新しい治療法は私たち日本人にとってどうなの?

この大発見を受け、欧米の主要なガイドラインでは、心臓病や腎臓病のリスクが高い患者さんには、血糖値の高さに関わらず、まず「臓器を守る」というエビデンスがある薬(SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬)を使い始めることが推奨されるようになりました。

そして、この新しい治療アプローチ、実は私たち日本人の体質に非常に合っているのです。

日本人が持つ「二つのハンデ」とは?

膵臓(インスリン分泌)とインスリン受容体(効きやすさ)をモチーフに、働きが弱い様子を分かりやすく表現した図解
  • インスリンが「効きにくい」: 遺伝的に、エネルギーの貯蔵庫である皮下脂肪の「タンク」が小さく、少し食べ過ぎただけでも内臓脂肪としてエネルギーが溢れやすいのです。これがインスリンの効きを悪くする最大の原因(インスリン抵抗性)になります。
  • インスリンが「出にくい」: さらに、食事をした直後にインスリンを素早く出す膵臓の能力が、遺伝的に弱いという特徴も併せ持っています。

つまり、現代の食生活を送る多くの日本人は、「効きにくい」上に「出にくい」という二つのハンデを抱えている状態なのです。

疑問5:SGLT2阻害薬って、どうやってこのハンデを克服するの?

先ほど登場したSGLT2阻害薬は、そのユニークな仕組みで、この日本人のハンデに非常にうまく作用する可能性があります。

この薬は、例えるなら「体内のダムの放水路を開けるイメージ」です。腎臓で糖が再吸収されるのをブロックし、余分な糖(カロリー)を尿と一緒に体の外に出してしまうのです。 これにより、1日あたりおにぎり1~2個分(200~400kcal)の糖が排出されます。

一石二鳥の効果!

  • 「効きにくい」を改善: 余分な内臓脂肪が減り、インスリンが効きにくい状態(インスリン抵抗性)が改善します。
  • 「出にくい」を回復: 食後の急激な血糖値の上昇が穏やかになることで、これまで必死に頑張って疲弊していた膵臓を休ませてあげる効果があります。その結果、弱っていたインスリンの分泌能力そのものが回復してくるというデータも出ています。

つまり、SGLT2阻害薬は、日本人が抱える二つの問題に同時にアプローチできる可能性を秘めているのです。

疑問6:いつ治療を始めるのがベストなの?

臓器を守るという視点に変わった今、治療介入は早ければ早いほど良いというのが現在の世界のコンセンサスです。

人生を左右する「26年」の重み

あるシミュレーション研究では、腎臓の機能がまだ十分に保たれている段階からSGLT2阻害薬を使い始めると、将来的に人工透析が必要になるタイミングを、最大で26年も先延ばしにできる可能性が示されています。

26年という時間は、人生そのものと言ってもいいほどの重みを持っています。治療を始めるタイミングが、その後の人生の質を劇的に左右する可能性があるのです。

「もっと早く教えて欲しかった」という痛切な言葉

ある講演者の方が実際に経験した話です。腎臓を守ることの重要性について話が終わった後、会場にいた70代くらいの男性が立ち上がり、こう言いました。

「先生の話はよくわかりました。でも私はもう週に3回も透析に行っているんです。こうなる前にもっと早くその話を私にして欲しかった」。

この男性が腎機能の低下を最初に指摘されたのは、今から10年前。当時は「要観察」レベルでしたが、腎臓そのものを直接守るSGLT2阻害薬のような選択肢はまだ存在しませんでした。

医師も患者さんも最善を尽くしていたにも関わらず防ぎきれなかった現実。だからこそ、私たちはこの10年で手に入れた新しい武器(治療選択肢)の重要性を、今、皆さんに伝えなければならないのです。

疑問7:糖尿病の薬が、将来「アンチエイジング」に繋がるって本当?

最後に、非常に刺激的な未来への可能性をご紹介します。 SGLT2阻害薬の作用(体内の余分な糖、つまりカロリーを尿で排出すること)に着目した専門家がいます。これは、体内でカロリー制限に似た状態を作り出しているのではないか、という仮説です。

白髪の高齢者が若々しい笑顔で屋外で活動したり、ハイキングを楽しんでいる様子

カロリー制限は、体内の「酸化ストレス」や「慢性的な炎症」を抑え、老化の進行そのものを遅らせることで健康寿命を伸ばすことが知られています。

興味深いことに、SGLT2阻害薬にも、血糖値を下げる効果とは独立して、こうした酸化や炎症を抑える作用があることが次々と明らかになってきています。

まだ証明はされていませんが、この糖尿病の薬が、単なる病気の治療薬という枠を超えて、将来的には糖尿病でない健康な人のアンチエイジングや、健康寿命の延伸に貢献する日が来るかもしれない。そんな壮大な可能性を秘めているのです。

結び

糖尿病治療は、単なる「守りの治療」から、合併症のない人生を目指す「攻めの治療」へと質的に変化しました。

当院では、この最新の知見に基づき、皆さんの健康寿命の延伸を最大の目標に掲げています。

「血糖値はそこまで悪くないけど、少し不安がある」「ご自身の腎臓や心臓が心配」という方は、ぜひ一度ご相談ください。最新のエビデンスに基づき、個々の体質やライフスタイルに合わせた最適な治療プランをご提案し、「もっと早く始めておけばよかった」という後悔のない未来を、一緒に目指しましょう。

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