関節リウマチ治療の「要(かなめ)」:メトトレキサート(MTX)について
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関節リウマチ治療の「要(かなめ)」:メトトレキサート(MTX)について
上田診療所 院長の上田です。皆さん、関節リウマチの治療について日々色々な情報を目にされることと思います。特に治療の「要(かなめ)」となる大切な薬剤について、「もっと詳しく知りたい」「副作用が心配」といったお声もよく聞かれます。
そこで本日は、関節リウマチ治療において、長年にわたりその効果が確認され、今も「アンカードラッグ(治療の土台となる薬)」として位置づけられている、非常に重要な薬剤「メトトレキサート(MTX)」について、前回よりもさらに詳しく、皆さんに寄り添う形でお話ししたいと思います。

関節リウマチ治療の「要(かなめ)」:メトトレキサート(MTX)とは、なぜそれほど大切なの?
関節リウマチと診断された多くの患者さんが、治療の初期段階で必ずと言っていいほど耳にするのがメトトレキサート(MTX)というお薬です。では、なぜこのMTXがこれほどまでに重視されるのでしょうか?
当院が目指す関節リウマチ治療の目標は、単に痛みを抑えることだけではありません。病気の活動性をしっかり抑え、関節が壊れてしまうのを防ぎ、皆さんの日々の生活の質(QOL)を最大限に高め、さらに将来にわたる健康と生命予後を守ることです。MTXは、この大切な治療目標を達成するために「欠かせない薬剤」として、日本だけでなく世界のガイドラインでその位置づけが揺るがないものとなっています。
実は、MTXはもともとがん治療薬として開発された歴史を持っています。その細胞の増殖を抑える作用が、関節リウマチで過剰に活動している免疫細胞の働きを穏やかにし、炎症を抑える効果につながることが発見されました。その後、1988年にはアメリカで、1999年には日本で関節リウマチ治療薬として正式に承認されたのです。
「昔からある薬だから、新しい薬の方が良いのでは?」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。しかし、MTXの最大の強みは、その長い歴史に裏打ちされた豊富な治療実績と、費用負担が少ないという点にあります。近年、多くの画期的な新薬が登場していますが、高額な治療薬を長期にわたって続けることは、患者さんの経済的・社会的な負担を大きくしてしまいます。MTXは、そうした費用負担のバランスを考えた上で、最大限の治療効果を目指すための、まさに関節リウマチ治療の土台となるお薬なのです。
MTXはどのように働くの?~副作用への細やかな配慮と当院の工夫~
MTXは、体内で「葉酸(ようさん)」というビタミンの一種に似た成分の働きを調整することで、関節の炎症を抑えたり、免疫の過剰な働きを調整したりします。具体的には、炎症を起こしている細胞の増殖を抑え、関節の破壊を食い止める効果が期待できます。

「副作用が心配…」という声は当然あります。MTXは、重篤な副作用が起こる頻度は低いものの、まれに血液系の異常(白血球や血小板の減少)、肝機能障害、間質性肺炎といった副作用が報告されています。
しかし、ご安心ください。当院では、皆さんに安心してMTX治療を受けていただくために、以下の点に特に力を入れています。
1. 治療開始前の徹底した検査と継続的なモニタリング
MTXを安全に開始するためには、事前の徹底した検査が不可欠です。血液検査(肝機能、腎機能、血球数など)、免疫グロブリン、B型肝炎ウイルス検査、胸部X線検査、結核に関する検査(クオンティフェロンなど)を全ての患者さんに実施します。これはMTXに限らず、他の免疫を抑えるお薬やステロイドを使用する際にも、治療を安全に進めるための大切なステップです。
治療中も、定期的にこれらの検査を行い、皆さんの体の変化をいち早く察知し、必要に応じて薬剤の量を調整したり、一時的に休薬したりといった対応を迅速に行います。
2. 葉酸の併用は「必須」です!
MTXの副作用、特に消化器症状や血液系の副作用を減らすために、全ての患者さんに葉酸製剤の併用を強く推奨しています。以前はMTXの量が少ない場合は葉酸を併用しないケースもありましたが、現在のガイドラインでは、どんなMTXの量であっても、すべての患者さんで葉酸の併用が必須とされています。
「葉酸を摂りすぎるとMTXの効果が弱まるのでは?」と心配される方もいますが、ご安心ください。日常生活で葉酸を多く含む食品(緑黄色野菜など)を避ける必要はありません。MTXを服用する日だけは葉酸を多く含む食事を大量に摂ることを控える、という程度で十分と考えられています。葉酸をしっかり摂ることで、副作用のリスクを下げ、安心して治療を続けられるメリットの方がはるかに大きいのです。
3. 患者さん一人ひとりに合わせたMTXの量と飲み方
MTXの服用量は、患者さんの年齢、腎機能、合併症、関節リウマチの活動性など、さまざまな要素を総合的に考慮して決定します。例えば、高齢の患者さんや腎機能が低下している患者さんには、慎重に少ない量から開始します。
日本では週に最大16mgまで承認されていますが、一般的には8mgから12mg程度で十分な効果が得られることが多いです。実は、日本人では欧米の患者さんと比べて、同じ量のMTXを服用しても体内で薬の濃度が高くなる傾向があることが分かっています。そのため、日本で10mg服用することは、欧米で15mg服用することに匹敵する効果が期待できると言われています。これは、日本人の体質に合わせた適正な量であり、決して少ないわけではありません。
また、MTXは通常「週1回」服用するお薬ですが、その服用方法もいくつか選択肢があります。1回で全て服用するか、数回に分けて服用するかは、飲みやすさや副作用の状況に応じて調整します。特に、一度に多くの量を服用すると吸収の限界があるため、10mgを超える量では分割して服用することも推奨されています。当院では、皆さんのライフスタイルや体調に合わせて、最適な服用方法を一緒に考えていきます。
4. 経口薬(飲み薬)と皮下注射剤の選択肢
MTX治療は、通常、飲み薬(経口薬)から開始するのが一般的です。これは、飲み薬の方が費用を抑えられるためです。
しかし、飲み薬で消化器症状(吐き気など)が強く出る場合や、肝機能障害などの副作用で増量が難しい場合、あるいは十分な効果が得られない場合には、皮下注射剤への切り替えも大切な選択肢となります。注射剤は飲み薬よりも体への吸収が良く、より安定して効果を発揮できる場合があります。近年、日本でもMTXの皮下注射製剤が使えるようになり、飲み薬で増量しにくかった患者さんでも、注射剤にすることで効果が得られやすくなるケースも報告されています。当院では、患者さんの状況に応じて、最適な剤形をご提案しています。
MTX治療における「個別化医療」の重要性
一言で関節リウマチと言っても、患者さん一人ひとりの状態は大きく異なります。当院では、皆さんの個性や状況に合わせた「個別化医療」を大切にしています。

高齢の患者さんや、肺に病気がある方もご相談ください
「高齢だからMTXは使えない?」と心配される方もいらっしゃるかもしれません。確かに、高齢の患者さんの場合は、腎機能の低下や、サルコペニア(筋肉減少症)による腎機能評価の注意点など、より一層の配慮が必要です。しかし、適切にモニタリングし、少量から開始するなど慎重に投与すれば、高齢の患者さんでもMTXは有用な治療薬となり得ます。
また、「間質性肺炎があるからMTXは無理なのでは?」という疑問もよく聞かれます。以前は間質性肺炎があるとMTXが禁忌とされていましたが、現在の最新の国際的なガイドラインでは、軽度で安定した間質性肺炎であればMTXの使用を検討しても良いとされています。その背景には、関節リウマチ自体の炎症がコントロールされていないと、既存の肺病変が悪化したり、新たに発生したりするリスクが高まることも分かっているからです。
当院では、呼吸器専門医との連携も含め、患者さんの肺の状態を詳細に評価し、MTX使用のメリットとリスクを総合的に判断して、最適な治療方針を一緒に考えていきます。
リンパ増殖性疾患など、稀な副作用への対応
MTXの重篤な副作用は稀ですが、時にリンパ増殖性疾患(LPD)といったものが発生する可能性があります。しかし、これも適切な対応をすれば、多くの場合良好な経過をたどります。万が一、このような副作用が疑われた場合には、速やかにMTXを中止し、詳しい検査(ワークアップ)を行います。多くの場合、MTXを中止するだけで改善が見られます。改善が見られない場合や、再発の可能性が高い場合には、代替の治療法(例えばIL-6阻害薬など)を検討するなど、常に最善の選択肢を探ります。
当院では、このような稀なケースにも対応できるよう、常に最新の知識を学び、もしもの時には速やかに専門機関と連携できる体制を整えています。
周術期や妊娠・出産に関する配慮
手術を控えている場合や、妊娠を希望される方、授乳中の方など、ライフステージの変化に応じたMTXの休薬や量の調整が必要です。ほとんどの手術であればMTXの休薬は不要ですが、より大きな手術の場合や、食事が取れない、一時的に腎機能が悪化しているなどの状況では、一時的な休薬が必要になることもあります。当院では、個々の状況に合わせて、詳細な説明と適切なアドバイスを行いますので、いつでもご相談ください。
当院からのメッセージ
メトトレキサートは、関節リウマチ治療において、その確かな有効性とコストパフォーマンスの高さから、今もなお基盤となる最も重要な薬剤です。当院では、最新のガイドラインに基づき、患者さん一人ひとりの状態をきめ細かく把握し、安全かつ効果的にMTXを使用できるよう、丁寧な説明と質の高いモニタリングを実践しています。
時に「ガイドラインで推奨されているから」と、安易にMTXが使われてしまうケースを心配する声も聞かれます。しかし、関節リウマチの治療は、豊富な知識と経験を持つリウマチ専門医が、患者さんの状態を深く理解した上で、きめ細かく管理していくことが不可欠です。当院では、まさにその「適正使用」を徹底し、皆さんが安心して、そして快適に日々の生活を送れるよう、私たち専門医が全力でサポートさせていただきます。
MTX治療に関して疑問や不安があれば、どんなことでもお気軽にご相談ください。皆さんの「もっと知りたい」を、これからも全力でサポートしていきます!